2019年5月30日木曜日

銀座の画廊を徘徊 彩鳳堂画廊で彩樹会とその後の銀座奥野ビル

 

2019年5月22日水曜日

【音盤】アンスネスが弾くシベリウス

 

2019年5月15日水曜日

【演奏会】トッパンホールでブラウティハムのハイドンとベートーベンを聴く

 

予習として聴いていた曲など

レ・シエクルのマーラー交響曲第1盤

 

2019年5月13日月曜日

Herbert Schuchのアルバムを聴いています

 Herbert Schuchのアルバムを聴いています。

こちらも面白い。


2019年5月7日火曜日

【音盤】アンデルシェフスキのシューマンとモーツァルト

 

 

2019年4月30日火曜日

【音盤】平成最後に聴いた音楽

 

2019年4月25日木曜日

【演奏会】BCJのマタイ受難曲を聴く

 

【音盤】 Schumann:Piano Trios アンスネスとテツラフの共演

 

【音盤】ペトレンコのチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」

 

2019年4月24日水曜日

【音盤】アファナシエフのテスタメント

 

2019年4月17日水曜日

【音盤】ノートルダム大聖堂 最後の首席オルガニスト オリヴィエ・ラトリーの録音を聴く

ノートルダム大聖堂 最後の首席オルガニストの演奏を聴く。


2019年4月16日火曜日

パリ ノートルダム大聖堂の家事

信じがたいごとが起きている。

ノートルダム大聖堂が火事で焼け落ちた!


 

2019年4月14日日曜日

「絵画組成」

Amazonで無事届きました。

作画例がまた素晴らしく、当分楽しめそうです。

絵は今は描かいていないんですけどね。いち絵画ファンとして。 

2019年3月31日日曜日

第95回 白日会展2019 絵画部門

昨年は行けなかったので2年ぶりの白日会展です。今年も、気になった作品を挙げておきます。こうしてみると、毎年同じ作家さんをあげていることがわかりますね。 作品の掲載は、会場とは順不同です。

【音盤】ポゴレリチをApple Musicで、初期の録音から聴きなおしてた

ポゴレリチをApple Musicで、初期の録音から聴きなおしてみました。

改めて、彼の天才性が確認できましたね。


追記

2019年3月28日木曜日

【演奏会】トッパンホール でヴェロニカ・エーベルレ のバイオリン

 

2019年3月24日日曜日

クルレンツィスの衝撃のラモー

好意的な感想として。

2019年3月20日水曜日

【音盤】クリスティアン・ベザイデンホウトをAppleMusicで聴く

クリスティアン・ベザイデンホウトのフォルテピアノをいくつか聴いてみました。


パーク・パドモアの歌もとても素晴らしいものです。

2019年3月16日土曜日

【音盤】コパチンスカヤのベートーベンを今更になって知る

 

2019年3月15日金曜日

コパチンスカヤのYouTube動画に仰天

 

2019年3月2日土曜日

【演奏会】マックス・リヒター・プロジェクト 2019

すみだ平和記念音楽祭2019の企画の一つである、すみだトリフォニーホールで開催された、ダニエル・ホープと新日本フィルハーモニーのコンサートに行ってきました。


曲はヴィヴァルディの四季から、マックス・リヒター のリコンポーズド版オリジナルの演奏。(Clala内エントリ)

リヒターによるリコンポーズド版「四季」は、非常に楽しみにしていたプログラムであったのですけれど、実演に接すると、実はガッカリ感の方が強かったです。

2019年1月6日日曜日

【本棚】重松清の「定年ゴジラ」を読んで〜定年本に加える

自分も会社人生での定年が近くなってきているので、定年関連の本をボチボチ読んでいます。この本も何気なくAmazonで見つけたので読んでみました。

こちらはニュータウンを舞台に、戦後の高度成長期の日本を駆け抜けた、団塊の世代の少し前の世代の物語。「終わった人」(内館牧子)、「孤舟」(渡辺淳一)」もそうですが、大企業で勤めたサラリーマンが主人公です。しかし、この2冊と比べてみると、あまりにもその世界観の違いに愕然とすします(定年本2冊を読んで)。

60歳定年が当たり前で、寿命もおそらく80歳くらいなもの。長寿問題はまだ先の時代で、親の介護など現代的な問題はまだ考えられていなかった、ある意味で平和な時代の物語。日本もこの時代は、今ほどはおかしくっていなくて、定年後の有り余る時間を、家族や近隣とともに、それなりに生きることができた、もしかしたら最後の世代なのでしょう。

重松さんの語り口は、定年を迎えて行き場のない男たち(重松さんの父親世代になるそうだ)に対して、限りなく暖かい目線で物語をつくっている。ニュータウンが中心だから、親しい人との別れや、新たな出会いなどはあっても、大きな事件は起きない。日々の喜怒哀楽が淡々と描かれてい、それがしみじみと心にしみる。

主人公たちは有り余る時間を持て余しつつも、「終わった人」のような焦燥感ややり残し感に苛まれることも、妻との関係が悪化して色恋に走るようなこともしない。あるがままに、今の人生と、歩んできた人生と、今の生活を愛おしみ、そして次の世界に向かう準備をしている。あまりにも普通の生活。

こういう物語ですから、読む人の年齢や性別、キャリアによって感想は全く異なるものになるでしょう。小説の主人公のようなサラリーマン生活を送った自分でさえ、重松さんの物語を否定したくはないものの、今の時代にあっては、過去の大人のためのファンタジーとしか読めません。

この小説は「小説現代」に連載され、1998年に単行本化されたものですから、たかだか20年前、しかし20年も前の時代なんですね。あまりにも時代が変わりすぎました。小説の中にインターネットやパソコンが少しだけ登場しますが、まだ電話回線のモデム時代です。これでは昔話となっても仕方がないか知れません。

それであっても読む価値はありましたか、なぜ現代は、あの時代のような幸福を求めることができなくなったのかを、改めて問う意味でも。

2018年12月25日火曜日

吉村芳生展へのツイート

 いくつかのツイートをメモとして。

2018/12/24 吉村芳生 超絶技巧を超えて  東京ステーションギャラリー

東京駅ステーションギャラリーで開催中の「吉村芳生 超絶技巧を超えて」を見てきました。

どんな絵であるかは以下のリンクを辿れば少しは「理解」することはできます。ただ実物を見なければ「理解」はできても実感はできません。実際に、久しぶりに凄まじいものを見せられたというのが正直なところです。

2018年12月20日木曜日

2018/12/19 釘町彰 個展 Erewhon Gallery Art Composition

中央区佃にあるGallery Art Composition で開催されていた釘町彰さんの個展に行ってきました。

釘町彰さんは1968年生まれ、多摩美術大学にて日本画を専攻した後パリへ渡り、現在もパリを中心に活躍している日本画家です。私が釘町さんを知ったのは、同じくパリで活躍している建築家の田根剛さんが、釘町さんの屏風作品の台座を造ったというところから名前を知ってだったでしょうか。

田根さんと釘町さんがどこで接点を持ったのか、注目の建築家と芸術作品がどのようにコラボするのかと興味がありました。



2018年12月19日水曜日

【演奏会】アンドレアス・シュタイアー プロジェクト10 トッパンホール 2018/12/18

トッパンホールで開催された、アンドレアス・シュタイアーのチェンバロ演奏会に行ってきました。シュタイアーの演奏を聴くのは2013年12月11日の佐藤俊介とのデュオに続いて二度目。

「すべての全音と半音をとおして ~バッハと先駆者たち~」と題するプログラムは下記のようで非常に独創的です。プログラムには聴いたことのない曲目が並んでいるものの、これを見ただけで聴くべきと思ったものです。

2018年12月17日月曜日

2018/12/16 オオタスセリ☆台本劇場 小劇場「楽園」

下北沢小劇場「楽園」にて開催された『オオタスセリ☆台本劇場17』 に行ってきました。オオタスセリさんのひとりコントを聴くのは二度目。

本日は、スセリさん台本のコントを、三人の女優さんが演じるというもの。舞台横に台本家であり演出家であり、さらに演者であるスセリさんが見守る中でのコントです。スセリさんの突込みも鋭く、三者三様のコントを楽しむことができました。
「アンコール劇場」14:00/18:00 
出演:くじら 渡辺菜生子 金月真美 オオタスセリ
*各人長めのひとりコント。
唯一無二の存在感・くじらは「番場道子のOL日記・待ち合わせ」。
渡辺菜生子はかわいらしい声と風貌からは予想もつかない「善人のススメ」。
金月真美はお気に入りの『マチルダ」を生き生きと。
そして3人コントとオオタのコント。

2018年12月16日日曜日

2018/12/09 CITIZEN "We Celebrate Time" 100周年展 スパイラルガーデン

表参道のスパイラルガーデンで開催中のCITIZEN "We Celebrate Time" 100周年展に行ってきました。
シチズンの創業100年を記念した展覧会が開催されている。本展では、建築家・田根剛とのコラボレーションによる「光と時」をテーマにしたインスタレーション《LIGHT is TIME》の最新作を披露。時計のすべての部品を支える基盤装置「地板」を約7万2千個使用し、幻想的な空間をつくり出す。(美術手帖より)  
インスタレーションは建築家の田根剛さん。

圧倒的に幻想的な空間が広がっていました。
解説するだけ野暮です。こういうことを考える人は、はやり天才といえましょうか。



2018年12月7日金曜日

【演奏会】2018/12/7 ラ・フォンテヴェルデ 第27回定期演奏会 浜離宮朝日ホール

ラ・フォンテヴェルデ(La Fonteverde)第27回定期演奏会に行ってきました。モンテヴェルディのマドリガーレ集全曲演奏シリーズの最終章、足かけ6年にもわたる演奏会も、今回をもって全曲演奏を完結するとのこと。
  1. 皆は、愛の神について歌うがいい 第8巻
    Altri canti d'Amor
  2. 芳しい唇よ、なんという甘さなのだ 第7巻
    Con che soavita,labbra odorate
  3. 恋する者はみな戦士 第8巻
    Ogni amante e guerrier
  4. この楡、この木蔭、この泉に 第7巻
    A quest'olmo, a quest'ombre, ed a quest'onde
  5. ソナタ11盤「梁箱」サラモーネ・ロッシ(ca.1570-1630)
  6. タンクレーディとクロリンダの戦い 第8巻
    Combattimento di Tancredi e Clorinda
  7. バッロ:ティルシとクローリ 第7巻
    Ballo : Tirsi e Clori
最終章というだけあり、内容的に非常に充実した演奏会でした。特に後半の「タンクレーディとクロリンダの戦い」が圧巻。タンクレーディとクロリンダが敵同士でありながら恋仲となり、歌は暗闇の中でお互いが誰かも分からぬ中で戦ってしまうという悲劇を描いたものです。劇的な内容に加え、音楽もモンテヴェルディらしからぬというほどの激しさ。伴奏は二人の激しい戦いと心の葛藤を描いているかのようで、ぶつかり合い震えます。まるで現前で二人が戦っているのが目に見えるような演奏でした。それ故に、最後の結末とクロリンダの歌声が哀れにして美しく感涙を誘います。モンテヴェルディもこんな曲を書いていたのかと、改めて思いました。

最後のバッロは一転して明るく華やか。バロック・ダンサーの市瀬陽子さんとセーヌ・エ・サロンのメンバーが演奏に華を添えてくれました。「Balliamo,che l'onde(踊ろうよ)」の歌声とともに、ニンフのような女性たちが踊る様は祝福に満ち溢れ、この演奏会そのものを祝福しているかのようでした。

ラ・フォンテヴェルデの演奏会を聴いたのは今年4月にあった第26回と今回が二度目でしたが、もっと前から続けて聴いておけばよかったと惜しむ思いで会場を後にしました。

2018年11月26日月曜日

2018/11/25 正蔵 正蔵を語る 国立演芸場

国立劇場で正蔵の落語を聞いてきました。
落語は殆ど馴染みがありませんから、感想らしきものも書くことが叶いませんし、ましてや正蔵さんの話芸について語ることもできません。ただ、楽しませてもらいました。

それにしても落語家の語りはすごいですね。「そんな両国でのお話です」と正蔵さんが話し始めただけで、風景がガラリとと変わり、物語の世界に入っていきます。流石といったところ。

思い出したら、また追加しておきます。

平成30年度(第73回)文化庁芸術祭協賛
11月特別企画公演 「正蔵 正蔵を語る」

落語                        林家たま平
曲芸                        翁家勝丸
落語 「一眼国」   林家正蔵
落語                         柳家権太楼
       ―仲入り―
紙切り                      林家正楽
落語「小間物屋政談」  林家正蔵  





【追記】 田根剛さんの個展を見て

今回の個展は、『Archaeology of the Future ─ 未来の記憶』と名付けられています。公式HPの田根さんの言葉を、そのまま以下に引用しておきます。
まだ誰も見たことのない、経験したこともない、想像すらしたことのない、そんな建築をつくりたいと思っています。でもそれは奇抜な未来型の建築とは違う、場所の記憶からはじまる建築、そんな途方もないことを考えています。
私はいつも考古学者のように遠い時間を遡り、場所の記憶を掘り起こすことからはじめます。そこでは今日の世界から忘れ去られ、失われ、消えてしまったものに遭遇し、それらを発見する驚きと喜びがあります。その時、記憶は過去のものではなく、未来を生み出す原動力へと変貌するのです。 場所には必ず記憶があります。建築はその記憶を継承し、未来をつくることができるのです。未来は必ず訪れます。建築はこの時代を動かし、未来のその先の記憶となります。まだ誰も見たことのない未来の記憶をつくること、建築にはそれが可能だと信じています。
現在の東京を見ていると、場所の記憶を根こそぎ覆してしまうような開発が続いています。時間性も場所性も不連続なんです。開発設計者たちは、当時の建物の遺物である外壁の一部や、内装意匠、あるいは土地の形状、道路線形などを残そうとはしています。
それらの事例は、そこかしこに散見されます。しかし、それが開発に対する申し訳、免罪符的に見えてしまい、どうもあざとらしい。このくらいやっとけば、いいでしょう、みたいな。表層的なものが多く、開発全体のデザインコンセプトになっていない、あくまでも「記憶」はオマケ。

田根さんの建築は、そもそも発想が違うように思えます。土地の記憶を、それこそ根こそぎ立ち上がらせるような。更にそこに新たな記憶を付け加えて未来を俯瞰するような、そんな泥臭くも力強い、ポジティブなエネルギーを感じます。それゆえに、彼の建築には希望=未来を感じ取れます。エストニア政府が、当時26歳であった無名の若者に、国の歴史を託したもの、そのようなことを共感したからなのでしょう。国立博物館の建設そのものが、歴史でありドラマであったのではないかと。
田根さんの形になっていない作品群を見ると、舞台芸術やインスタレーションもやっている様子。そのどれもがアート性の高いもののように見えます。彼のスタイルが「パターン」に陥らず、「田根」が消費されることなく力を持ち続けるのか。また、この東京という場所で、彼の大きな作品が実現可能なのか、今後を見守りたいと思います。